流行りに影響されないと思ってきた私ですが、いやぁ最近観た映画からQUEENが好きになりましたね〜。曲もですが、熱く歌うフレディマーキュリーに今は完全に心奪われています。あの口髭たまりませんね。
まぁ、思い返せば学生の頃はブルースリーが長い間好きでしたから、リアクションが大きい人がようするに好みなんでしょうね...
動画の見過ぎだと思いますがドライアイがひどく目薬をさしながら それでも会いたい♫歌声が聴きたい♪と思わせてくれるフレディに今は夢中です。
(村上香)
私は「相田みつを」さんが好きです。ご存じの方も多いかもしれません。書の詩人 と言われてる人です。
訪問介護で、時々訪問する利用者さんの家の玄関に、相田みつをさんの日めくりの詩が掛けられています。
初めて訪問した時に、「おっ!」と思い、利用者さんに尋ねると、「めんどうだから、めくらんけどね。」と笑いながら言われてました。
何か、嬉しかったのを覚えています。
先日、父が定年退職しました。教師という仕事を38年間勤め、単身赴任していても、月に2回は家族の顔を見に帰ってくるような、家族を大事にする父親で、教え子や他の先生方からも尊敬され、親しみやすい先生だったようでした。
家ではいちいち絡んできたり、下らないギャグを言ううっとうしい父親でしたが、単身赴任していても帰って来てくれたり、教師という仕事を38年も続けた父を僕は誇りに思います。また教師という仕事柄、礼儀には厳しかったですが、それも社会人として仕事をするようになった今なら理解できます。
うっとうしいところさえなければ(笑)、本当にいい父親だと思います。父のおかげで、今の職場にも巡り会えたし、本当に感謝しています。
父さん、本当にありがとう。お疲れ様。
(宮本一樹)
ドライブしたいときにはバイクに乗って島をツーリングします。
バイクに慣れるためと、車では味わえない風と匂いがいいです。
ヘルメットにつけているスピーカーから音楽を流しながらゆっくり走っているのもいいです。バイクに乗って道を走ってると、前に走っている車が道を譲ってくれるので手を振ってありがとうと表現するのもほのぼのします。
気を付けて乗っていきます!
(北舛壮司)
ふくふくには1匹の飼い猫と、いつの間にか寄り付くようになった2匹の野良猫がいる。
彼らと生活の一部を共有するうちにわかったことが、学ぶべきことがある。
飼い猫のふくちゃん。猫好きのえこひいきが少し入ってるが、顔が整ったすらっとした体型の美人猫だ。
彼女から学ぶべきことはそれは臨機応変さだ。
周りをよく観察して、人ごとに対応を変える。時にすり寄り、おどけて見せ、そしてはっきりにゃー鳴き、うまいことお願いごとをしてくる。
ご飯を食べれば、ひとまず一服する。
警戒すべき時は目を見開き、目で追い続ける。危機が去るまではそれを怠らない。危機が去ればそそくさと寝る。
最後に彼女の走り方は独特だ、ズッタンバッタン奇怪なリズム。これが彼女チャームポイント。見るものを和ませる。
野良猫のムサシとマサオ。二匹ともオス。ふてぶてしさを感じる顔つきをしているのが愛嬌だ。
彼らから学ぶべきことは領分があること、生きることは図々しさであることだ。
二匹のオスには互いの領分がある、決して互いに侵犯しない。距離を適切に守るのだ。そしてムサシにはムサシの、マサオにはマサオの、人間に気の許しの度合いによって明確な距離の置き方に違いがある。僕らもそのことを気に留めて距離を守らなければと思う。
彼らはご飯が欲しくなるとふくふくにやってきて誰かがご飯をよそってくれるまでにゃーにゃーとがめつく鳴き続ける。永遠にだ。彼らがここを去る、その生に終わりが来るまで僕らはその図々しさに一生懸命寄り添うのだ。
(西原大志)
キャー...>_<...
食べられるー\(◎o◎)/!
朝、車で出勤して 職場の駐車場に車をとめ 車から出て 職場玄関に向かって歩いていると、どこからともなく 職場で飼っている猫の ふくちゃんが 駆け寄ってきて 私の足にからまってきます。
とても歩きにくいんですが、可愛いくてたまらない癒しの瞬間です。
日々 忙しい生活の中で、こんな ささいな癒しの瞬間、プチ癒しを感じれることが、とても嬉しく思えます。
他には たとえば、 朝 目覚まし時計の アラームが鳴る前に起きて アラームを解除したのが 鳴る5秒前だった時とかは、目覚まし時計に勝利した気分で ニヤッて笑ってしまうその瞬間に プチ癒しを感じます。
少しニュアンスが違う気もしますが、要するに どんな小さなことでも、やや強引にでも、 自分にとっての マイナスイオン的 プチ癒しをみつけて、毎日を豊かなものにしていきたいなあと思う今日この頃です。
(寺澤知枝)
昨年末くらいから月に1回、 昭和の歌を歌うチャンスがあり
毎晩 動画を見て練習しています。
以前は整形や猫の動画ばかり見ていたのですが今は歌ばかりです...
しかし昭和も初期の方の歌は独特な節回しで歌詞も綺麗な曲が多いですね。
練習してみて今更ながら気が付いたのですが、自分の歌い方は、強弱が無く一本調子で、音域がすこぶる狭いということ...
歌の好みとして、調子のいい歌を好む傾向がある。適当にごまかして歌い切る特徴があるのがわかりました。
問題点は山積みですが、どこまで練習して歌えるようになるのかチャレンジするのが楽しみです。
(村上香)
学生時代、先生という存在は非常に近く感じた。今考えると、しょうもない質問をしたことも多かったように感じる。当時、就職も決まらず焦る私に、先生は、「花を育ててみたら?」と、アドバイスをくださった。その時は、意味も分からず「なるほど〜」と、返事をしたまま花を育てることもなく学生時代をおえた。
時が経ち、職場の庭を世話することが多くなった。嫌でも花を育てなければいけない状況になったのである。
花は水をあげないとあからさまに元気がなくなるし、花をちぎってあげないと次が咲かないものもある。最初は、虫嫌いなので、嫌々ではあったが、ちぎったら、次の花が咲いたり、草を抜いてあげたり、不思議なタネを収穫?したりしているうちに、なんだか先生があのころ言っていた言葉の意味がわかってきた気がする。
花を育てることで心にゆとりがうまれて、気分が穏やかになった気がする。心のゆとりが自分の仕事にも良い影響を与えてくれてると思えるのだ。本当にありがたいことである。
最後に・・・12月になりましたが、ふくふくの会の庭には、未だにヒマワリ咲いてます٩( ᐛ )و今回もジュリアン育てたいなあ〜!
(村上永)
健ちゃん♡健ちゃん♡
愛してやまない旦那さんをそう呼んでいた。
老人ホームに入所していた祖母の容態が急変し入院した。
健ちゃんは海軍、戦地で結核を患い自宅へ戻り療養、32歳の若さで妻と二人の幼い子どもを残し他界。
孫の私たちは、遺影写真の肌はピチピチ、ぷくぷくした青年がじいちゃんだった。愛するがあまり過剰評価された優しく、逞しく、勉強ができ賢い完璧なまでの人物だと聞かされ描かされてきた。そう長くは生きられない彼との結婚を両親から大反対されながらも一緒になった。
幼少の頃、仏壇のある居間は夏の昼間でも影を落とし、空気がひんやりし何か気配がするような異様な薄気味悪い場所に感じていた。その仏壇に祖母は炊き立て一番の白飯と新鮮な水を供える。そして手を合わせ愛する人の名前を呼ぶ。
「健ちゃん♡健ちゃん♡」
仏壇のある居間の隣りは襖を隔てた祖母の寝室、寝室から襖を開けると左正面にどーんと構えた仏壇が見える。その祖母の部屋で孫たちだけで寝ることがあった。
お盆にいつものように祖母の寝室に蚊帳を張り孫たちが一緒に寝る。風通しが良いため襖は全開、祖母は仏壇の前で横になり健ちゃんの帰りを待つのだと言う。寝たまま待つというスタンス。そんな祖母のお蔭か仏壇が怖くなくなった。愛する人と唯一交信できる場所、心の拠り所、聖なる場所。
サツキに選ばれ愛し愛された男「健太郎」
あちらへ行ったり、こちらに戻ったりと意識もうろうとする中、他界した弟が見えるらしい。しかしあれだけ愛していた健ちゃんはまだ現れない。32歳の健ちゃんが92歳の奥さんがわかるのだろうか。
健ちゃん♡
そろそろ、そちらの愛人たちを清算させて本妻を受け入れる準備をしておいて下さい。
そして再会した時に彼女を抱きしめてこう言ってあげて下さい。
娘ふたりよく育ててくれたね、よく頑張ったね、もうどこにも行かないよ、と。
あなたの孫より。
(田房美穂)