この度、リュックサックを購入しました。
私の記憶では、小学生時代のランドセルくらいしか、リュックを背負ったことが無いと思います。手提げ型の袋が好きなので、リュックが欲しいと思ったことがありませんでした。
ですが年を重ね、多くの荷物を手提げで持つのが、しんどくなってきました。リュックを80才くらいまで使いたいので、明るく落ち着いた色にしようと思い、「ワイン色」にしました。ネットで頼んだので、届いてみると、「う~ん!」でした。「あずき色?」「バーガンディ?」制服と同じ色だし、あずき色は好きな色だから、「こんなもんかなぁ?」でした。
さっそく今月から使う予定です。雨の日は、濡れないように気をつけないといけないけど、使い勝手がいいと聞いたので、楽しみに使いたいと思います。80才までリュックを背負って、元気に歩いて行けることを願っています。
そして今では、使い勝手のいいコロコロ車も欲しいなあ、と思っています。
(松浦あさ子)
先日、祖父が亡くなりました。
元々は家でこけて膝を打ち、父に診療所に連れて行って貰い、腹の辺りがチクチクするとのことで、紹介状を書いて貰って、検査入院したのですが、それから4日後に亡くなってしまいました。
亡くなる日に、僕は深夜勤明けだった為、弓削から因島病院に行って、少し顔を見て帰るつもりでした。というのも、祖父は以前も検査入院したことがあり、その時は一週間程で退院したので、今回も一週間程で退院するだろうと思っていたからです。
しかし、病室に着いてみると祖父はベッドの上でとてもしんどそうにしており、入院前とは別人のようでした。僕の声にも僅かに顔を動かす程度で、もう喋る事さえ出来ないようでした。どんどん脈が弱くなっていく祖父を、僕はただ、祖父の手を握りながら涙を流して見ている事しか出来ませんでした。
僕が病室に着いてからたった20分程で、祖父は亡くなってしまいました。最期に傍に居たのは僕と祖父の妹の中で1番年上の妹さんだけで、父達は間に合いませんでした。あまりに突然のことだったので、家族や親戚はもちろん、祖父と交流のあった方々も驚いていて、僕自身も、こんな事になるなら、もっと会いに行っていれば良かったととても後悔しました。僕がこの仕事に就いた理由は祖父が介助が必要になった時に、仕事としてやっていればある程度は出来るだろうと考えての事でした。
しかし、ほとんど何もしてあげられないまま、祖父は逝ってしまいました。毎年年末には祖父と二人で神棚や仏壇の掃除をするのがちょっとした楽しみでもあったのですが、もう祖父は居ません。その事がなんだかとても寂しく、悲しいです。しかし、祖父に何もしてあげられなかった分、ふくふくの利用者さん達に、別の形で何か出来ればと思います。
じいちゃん、今までありがとう。
(宮本一樹)
学生の頃は、「死」というものが怖くてたまりませんでした。今思えば、わからなかったから怖かったのだとわかります。
ふくふくの会に入社して、初めて施設で亡くなられる方を見た時、ショックや悲しみ、恐怖といった感情を持ったことを覚えています。
それから、時が経ち、どんなに長生きな方でも必ず最後があること、永遠の命はないことを利用者さんたちが教えてくれました。そして、次第に、「死」を特別視する必要がないこと、精一杯生きて亡くなることは、悪いことじゃなく、むしろ生き抜いたことであり、かっこ良く感じるようになりました。
「身体が動くうちにいろんなとこ旅行しなさい。」
年をとっての楽しみは?
「食べること、それだけ」
利用者さんの言葉が、頭にストックされていきます。あの人に言われたからって、かっこ悪い理由ですが、旅行に行く時は、必ず旅行好きだった利用者さんを思い出しますし、ちょっとオシャレなレストランでスープをスプーンで飲む時は、食べることが好きだった利用者さんを思い出します。
認知症だって、怖いものでは、なくなりました。認知症とまとめていいのかと思うほど、理由や症状は人により違います。それに、その前に、〇〇さんであり、〇〇さんの症状の一つであるだけだからです。
「私が、おばあちゃんになって、施設に入れてもらえたら、神戸プリンを差し入れに持ってきてね。」と、割と本気のお願いを周りにしたり(笑)
限りがあるから、人生楽しいんだと思えるようになりました。後回しにせず、今を楽しみ、いろんなことに挑戦して、家族や施設で可愛がられるおばあちゃんになりたいですね。
(村上永)
スタッフのハルカさんが
『熱帯魚の稚魚が産まれているんよ』
と嬉しそうに教えてくれる。
水槽を見に行くと、稚魚は本当に小さくて素早い。水槽に隠れて、すぐに見えなくなる。
あ~見えた!ぴんぴん跳ねるように泳いでいる。一匹だけみたいだ。
良く発見できたなぁと感心する。やっぱり、いつも観察しているから、病気になったときも
『一匹死んだんよ~』
って悲しそうに言えるんだね。
だからこそ、小さな命を発見できたんだね。
小さな命の成長が楽しみです。
私も職場の亀のお世話をしていますが、今は冬眠中。早く元気に動いている姿が見たいです。
(岡野芳己)
年始に入ってから 職場の 女性陣たちをとりこにしている、映画ボヘミアンラプソディー。
次回の音楽発表会で演奏する曲を、この映画の主役 フレディーマーキュリーの曲を選ぶ程の盛り上がり様。あるスタッフは 映画館に5度?6度?も足を運んでいる。
こうなると 私も観ない訳にはいかない!でも なかなかタイミング合わず 観に行けない状態が続いていた。私の頭の中は どんどん期待と妄想が膨らむ、、なのに行けれない!あ〜もう私には この映画には縁がないのでは?と思われる程.
ところが 先日 ふとした時間がとれて、行って来ましたボヘミアンラプソディー!!迫力ある音楽に コンサート好きの私には サイコーでした。ぜひ みなさんも映画館、しかもIMAXに足を運んでみて下さい。まだ 上映していると思います。
(寺澤知枝)
流行りに影響されないと思ってきた私ですが、いやぁ最近観た映画からQUEENが好きになりましたね〜。曲もですが、熱く歌うフレディマーキュリーに今は完全に心奪われています。あの口髭たまりませんね。
まぁ、思い返せば学生の頃はブルースリーが長い間好きでしたから、リアクションが大きい人がようするに好みなんでしょうね...
動画の見過ぎだと思いますがドライアイがひどく目薬をさしながら それでも会いたい♫歌声が聴きたい♪と思わせてくれるフレディに今は夢中です。
(村上香)
私は「相田みつを」さんが好きです。ご存じの方も多いかもしれません。書の詩人 と言われてる人です。
訪問介護で、時々訪問する利用者さんの家の玄関に、相田みつをさんの日めくりの詩が掛けられています。
初めて訪問した時に、「おっ!」と思い、利用者さんに尋ねると、「めんどうだから、めくらんけどね。」と笑いながら言われてました。
何か、嬉しかったのを覚えています。
先日、父が定年退職しました。教師という仕事を38年間勤め、単身赴任していても、月に2回は家族の顔を見に帰ってくるような、家族を大事にする父親で、教え子や他の先生方からも尊敬され、親しみやすい先生だったようでした。
家ではいちいち絡んできたり、下らないギャグを言ううっとうしい父親でしたが、単身赴任していても帰って来てくれたり、教師という仕事を38年も続けた父を僕は誇りに思います。また教師という仕事柄、礼儀には厳しかったですが、それも社会人として仕事をするようになった今なら理解できます。
うっとうしいところさえなければ(笑)、本当にいい父親だと思います。父のおかげで、今の職場にも巡り会えたし、本当に感謝しています。
父さん、本当にありがとう。お疲れ様。
(宮本一樹)
ドライブしたいときにはバイクに乗って島をツーリングします。
バイクに慣れるためと、車では味わえない風と匂いがいいです。
ヘルメットにつけているスピーカーから音楽を流しながらゆっくり走っているのもいいです。バイクに乗って道を走ってると、前に走っている車が道を譲ってくれるので手を振ってありがとうと表現するのもほのぼのします。
気を付けて乗っていきます!
(北舛壮司)
ふくふくには1匹の飼い猫と、いつの間にか寄り付くようになった2匹の野良猫がいる。
彼らと生活の一部を共有するうちにわかったことが、学ぶべきことがある。
飼い猫のふくちゃん。猫好きのえこひいきが少し入ってるが、顔が整ったすらっとした体型の美人猫だ。
彼女から学ぶべきことはそれは臨機応変さだ。
周りをよく観察して、人ごとに対応を変える。時にすり寄り、おどけて見せ、そしてはっきりにゃー鳴き、うまいことお願いごとをしてくる。
ご飯を食べれば、ひとまず一服する。
警戒すべき時は目を見開き、目で追い続ける。危機が去るまではそれを怠らない。危機が去ればそそくさと寝る。
最後に彼女の走り方は独特だ、ズッタンバッタン奇怪なリズム。これが彼女チャームポイント。見るものを和ませる。
野良猫のムサシとマサオ。二匹ともオス。ふてぶてしさを感じる顔つきをしているのが愛嬌だ。
彼らから学ぶべきことは領分があること、生きることは図々しさであることだ。
二匹のオスには互いの領分がある、決して互いに侵犯しない。距離を適切に守るのだ。そしてムサシにはムサシの、マサオにはマサオの、人間に気の許しの度合いによって明確な距離の置き方に違いがある。僕らもそのことを気に留めて距離を守らなければと思う。
彼らはご飯が欲しくなるとふくふくにやってきて誰かがご飯をよそってくれるまでにゃーにゃーとがめつく鳴き続ける。永遠にだ。彼らがここを去る、その生に終わりが来るまで僕らはその図々しさに一生懸命寄り添うのだ。
(西原大志)