ふくふくの会本社事業部では、朝のミーティングで、今年度のスローガンの
[チーム一丸‼1日1回は、最高の笑顔でありがとう~。そしてみんなで、ハイタッチ⤴‼]
を大きな声でポーズをつけて唱和します。
朝から、気合いを入れて、みんなでハイタッチ‼
私一人だけ、何故かテンション高く、みんなでハイタッチ‼
みんなで支援をつないで1日を乗り切っていきます。
深夜勤と日勤、日勤どうし、遅出と日勤、日勤と準夜勤、準夜勤と深夜勤など出勤時間の違うスタッフともハイタッチ‼それから訪問担当の杉さんともハイタッチ‼
とっても良いですよ('ω')
何故だか、よし頑張ろう!と気合が入るんです。
みんなのパワーをもらってつないでいく。そして利用者さんともハイタッチ‼できたらいいなぁと思っています。
少し前に、駄菓子屋[ふくちゃん]に家族連れで来られた、小さな女の子と帰り際に[また来てね]と言いながら手と手を合わせると、そばにいた女の子のおばあちゃんが[ハイタッチしてたねぇ]と笑顔で笑いあっていました。なんか私まで嬉しくなって[また来てね][ありがとう]と最高の笑顔で手を振っていました。
(岡野芳己)
海が好きだ!!
若い頃には船に乗っていたという男は、海のない場所で産まれた。
だから、海の男のくせに泳げない。
散歩に行くと、必ず海を見ている。
沖合いを行く大きな船を見つけると、自分もあんな船に乗っていたと言う。
人生の大半を海で過ごした男の背中には、船乗りの誇りが見えた。
今日も海を見ながら海の歌を口ずさむ。
(杉原尚代)
ふくふくの会では 時々 松山や広島岡山へと研修に行かせてもらっています。
私は看護師ですが、病院に勤めているわけではないので、どうしても新しい情報や知識が入ってきにくいのです。なので、研修に行かせていただけることを とても ありがたく思っています。研修の後は、スタッフの前で報告し新しい情報や技術を共有しています。
先日、あるスタッフの 研修発表があり、その中で 『ナイチンゲール誓詞』という言葉が出てきました。約30数年前、看護学校の戴帽式で この誓いの言葉を唱えました。入学当時これを覚える為に紙に書き、学生時代の3年間 学生寮の壁にずっと貼っていました。そして今は 卒業式の写真と共に アルバムの中です。
久しぶりにアルバムを開いてみました。『ナイチンゲール誓詞』は色あせることなく 健在でした。看護師(当時は まだ看護婦でした)を目指して 勉強に励んでいた事、病院での実習、辛かったことや楽しかったこと、いろいろ思い出し とても懐かしく 、そしてまた とても新鮮な気持ちになりました。
仕事を続けていく上で 必要なことは、新しい知識を学ぶことも もちろんですが、時には 初心にかえることも大事なことだなあと感じました。
...それにしても あまりにも汚い字の 『ナイチンゲール誓詞』に驚きました、、(´Д` )
これからも お仕事 がんばります‼
(寺澤知枝)
「僕はねぇ・・」の言葉で話し出すこだちゃん。
「若い頃は大阪にいたんですよ。機械を使って、物を作ってたんですよ。」
「僕はねぇ、こんな身体だから戦争に行けなかったんですよ。戦争へ行くのも地獄、行かないのも地獄でしたねえ」
小さな身体を丸め気味に座って話をするこだちゃん。
商船学校の練習船を見て「あれは神戸へ行く船だね。僕はねぇ、神戸にもいたんですよ。」 「カナダにいた時はねぇ・・」と色んな所にいたと言うこだちゃん。
若い時から仕事が好きだったのか、小さな手提げ鞄を片手に、仕事の道具を探して歩く。
何故か道具は二階にあって、平屋の建物の中を二階への階段を探す。
「僕はねぇ、3つも道具を持ってたのに、人に貸してなくなったんよ。今は一つしかないんよ。一番ボロが残ったわ」一緒に歩きながら、私はこだちゃんの世界に入って行く。
「ありゃあ、鍵がかかって二階には行かれんよ」と私。
こだちゃんと私には鍵がかかった扉が見える。「開かんですか?」「だめよ。鍵がないわ。明日にしょうや。」
これで納得、こだちゃんはしょんぼりと元の所に帰って行く。
今のこだちゃんは歩くのもままならないし、言葉も少なくなっている。
だけど、やっぱり仕事は好きらしい。
色んな物を道具に見立てて、作業をしている。
山羊のような目をして笑うこだちゃんは可愛いと思う。
「僕はねぇ・・」と夢の中の話が聞きたいなあ・・。
ひょんなことから利用者さんの誕生日にスタッフで相撲を取り、こんなに喜んでもらえるんだ!とやみつきになり現在に至っています。
見る側の視点になると、当然、本気でやる方が面白く、しかし男子にはとうてい勝てず、また狭いスペースなので思うような動きができず悶々としていました。
そのうち欲が出て 思いついたのが片足でケンケンをしながら相撲をする『ケンケン相撲』です。
ぶつかった時にありえない方に飛んで行ったり利用者さんも喜んでくれるのですが、 体重が軽いスタッフは少しぶつかったで飛んで行ったり膝が痛いスタッフは参加出来なかったりの問題が出てきました。
そして考えに考え、半ば思いつきで『見せる相撲』を考えました。どちらが転ぶか決めていて、激しくシコを踏む、激しく塩代わりの紙吹雪をまく、大きな声を出す、ラストは大げさに転ぶ等いろいろと試してました。お年寄りにも、まずまず喜んでもらえているようです。
まだまだいろんなアイデアや楽しみ方があるんだろな〜。
とにかくオーバーリアクションで大まじめに私達が楽しんでいればお年寄りにも楽しんでもらえると信じています。
(村上香)
私は、ご利用者さんとお話するのが好きです。
お話をすればするほど、おばあちゃん、おじいちゃんと仲良くなれる気がするんです。
おばあちゃんの機嫌が悪かっても、近づくと「あんたじゃけん。言うこと聞くんよ。」とか、違うおばあちゃんは、私の肌荒れを気にしてくれて「病院いってきー」と心配してくれたり。
おじいちゃんに「べっぴん」と呼ばれることも嬉しかったりしますね(笑)
嘘や冗談が必要な時もあります。ご利用者さんがそれを聞いて安心してくれるなら、大事な技術だと思っています。
時々、よくもスラスラと適当なことが言えるなあと自分で思うこともありますが‥(⌒-⌒; )
適当話が大好きなおじいちゃんもいます。おじいちゃんは、私が事務所にいる時遊びにきてくれます。
ひとしきり二人で適当話を楽しみます。すると、おじいちゃんは、笑いながら涙を流し、「バカばっかいようるうちが花よの。」と言います。その姿に、なんだか寂しさを感じたり、でもなんだか泣きながら笑ってるのが面白かったり‥(⌒-⌒; )
これからも、"お話"を大事に楽しんでお仕事したいなあ〜と思います( ^ ^ )
(村上永)
私がふくふくの会で働くようになったのは、昨年の10月からです。はじめの頃は、お年寄りの方とうまくお話ができなかったり、自分がしなきゃいけない仕事をこなせなかったり...「ひゃー!どーしよう!」って思うこともありました。
でも、しばらくすると、自然とお年寄りの方から私に声をかけてくれるようになったり、スタッフのみんなが優しく(時に厳しく( ゚Д゚))教えてくれて、私なりに、少しずつ職場にも慣れてきたように思っています。まだまだですけど。
私は生名島からバスに乗って出勤します。朝、少し早いのですが学生の頃から早起きは慣れています。バスの中ではだいたい音楽を聞いています。私は"V6"の大ファン(特に岡田君(●´ω`●))で彼らのメドレーを聞いて[今日も1日頑張ろう!]ってテンションを上げるんです。
他にも、隣の島、因島出身のポルノグラフィティやレミオロメンの曲もお気に入りです。曲には、その時の自分の気持ちが反映されるようで...先日もポルノグラフィティの"サウダージ"を聴いて何だか切ない気持ちになりました。
この頃は、季節がら卒業ソングを聞いたりもしますね。桜も咲いて、外に出るのがウキウキする季節になりましたね。そういえば、先日、潮騒にできたカフェにお年寄りと一緒にお邪魔しました。私もそうだけど、あまり外に出る機会のない方々が楽しそうに外出されるのをみると、私も嬉しくなります。
あ、潮騒カフェは毎週日曜日に潮騒のテラスでオープンしています。誰でもご利用できますので、お気軽にお立ち寄りくださいね。
仕事帰りのバスの中で、少し明るくなった島の景色を見ながら、大好きな音楽を聞くのが自分自身へのご褒美。『今日も1日頑張ったね』って。
まだまだ、覚えなきゃいけないことや、うまくなりたいことがいっぱいありますが、自分らしく少しずつ歩んでいきたいと思っています。
頑張ります('ω')ノ
(池本愛弓)
私がふくふくの会にお父さんと一緒に出勤するようになって5年になります。
私の主な仕事はベットのシーツをかえたり、汚れた衣類を洗ったり、入浴で使ったタオルを洗濯したり...利用してくださる方が少しでも快適に過ごしていただくためのお手伝いをしています。
5年にはなりますが、仕事はチャンとしたい方なので悪い意味で、慣れてはイケン!と自分に言い聞かせる毎日です。
お父さんは一人の利用者として、私はスタッフの一人として事業所に来るのですが、お父さんが他の利用者さんやスタッフさんに迷惑をかけないかハラハラしますし、お父さんが大声を出しても家でするように思いっきり怒れないのがストレスといえばストレスです(お父さんも事業所では私が怒れないことをわかって大声を出してるようなんです(笑))。
でも、ふくふくの会でのお父さんは家ではとてもしないような行動をとることがあって"あ~お父さんはこんなことができるんだぁ"と発見することもあります。この前はお風呂場で歌ったり、レクの時に鈴を両手で持ってならしていたり...そんな発見も楽しみの一つです。
少しでも利用者さんが"気持ちいい"と感じてもらえるように、快適な事業所になるように私にできることをしていきたいと思っています。
(大森千幸)
弘法大師が始めたと伝えられる四国八十八ヶ所にちなんでできた島四国。
島の各札所にはご飯やお菓子などの接待があり、地域住民や近隣から訪れた人々で賑わいます。開催月は、4月、5月の年1回ですが、上弓削地区では、毎月21日に当番(2〜3名)の方によって、接待が行われています。
上弓削地区には3ヶ所のお札所がありますが、接待番の高齢化により、毎月の接待ができなくなっているのが現状です。
私の家の近くには、大師さんがあるので、母親から引き継いでお接待番をしています。日曜、祭日に当たれば少しは子供たちも足を運んでくれますが、来られる方のほとんどが、長年お接待番をしていたお年寄りばかり。
木魚を叩き拝むときも、膝が痛いので正座することができず、牛乳パックで作ったイスに座って念仏を拝むのです。
ひと段落すると、お接待番さんが朝早くから用意してくれたご飯とお汁、そしてお漬物、お大師名物の一年茶を賑やかにお話しながらたべられ、次の札所に行かれます。
昔からずっと見てきたお大師さん。いざ、お接待番をすることになると、前の日に掃除をし、明日の食材を準備する。当日も早くからご飯を炊いて準備と忙しい。最初は仕方なくやっていたがなんだか最近は杖をつきながら足を運んでくれるお年寄りのみなさんにどうしたら喜んで頂けるかと考える自分がいる。
(ふくふくの会の利用者さんも時々、お参りに来られます)
(尾崎三千恵)
ご縁があって、昨年の秋からふくふくの会で働かせて頂くようになり、こんなふうに声をかけられることが多くなりました。
お話しのしにくい利用者さんが、ようやく聞き取れる小声で「ありがとう」と言ってくれた時は、心の中でガッツポーズ。
利用者さんだけでなくスタッフどうしも、何気ないことで「ありがとう」と言い合います。
今まで、仕事で名前を呼ばれることもあまりなく「ハラダさん」と声をかけられる度に(ああ、ここで働いているんだなぁ)と実感する毎日です。
社会に出れば当たり前のそれらの言葉なのですが、「申し訳ありません、すみません」が常だった私には感謝の言葉をかけられるのがとても新鮮で、元気付けられます。
まだまだ駆け出しです。利用者さんに育てられ、スタッフのみんなに助けられながら、
"ふくふくが私の居場所"と、胸を張って言えるよう頑張っていきたいと思っています。
(原田美保)