健ちゃん♡健ちゃん♡
愛してやまない旦那さんをそう呼んでいた。
老人ホームに入所していた祖母の容態が急変し入院した。
健ちゃんは海軍、戦地で結核を患い自宅へ戻り療養、32歳の若さで妻と二人の幼い子どもを残し他界。
孫の私たちは、遺影写真の肌はピチピチ、ぷくぷくした青年がじいちゃんだった。愛するがあまり過剰評価された優しく、逞しく、勉強ができ賢い完璧なまでの人物だと聞かされ描かされてきた。そう長くは生きられない彼との結婚を両親から大反対されながらも一緒になった。
幼少の頃、仏壇のある居間は夏の昼間でも影を落とし、空気がひんやりし何か気配がするような異様な薄気味悪い場所に感じていた。その仏壇に祖母は炊き立て一番の白飯と新鮮な水を供える。そして手を合わせ愛する人の名前を呼ぶ。
「健ちゃん♡健ちゃん♡」
仏壇のある居間の隣りは襖を隔てた祖母の寝室、寝室から襖を開けると左正面にどーんと構えた仏壇が見える。その祖母の部屋で孫たちだけで寝ることがあった。
お盆にいつものように祖母の寝室に蚊帳を張り孫たちが一緒に寝る。風通しが良いため襖は全開、祖母は仏壇の前で横になり健ちゃんの帰りを待つのだと言う。寝たまま待つというスタンス。そんな祖母のお蔭か仏壇が怖くなくなった。愛する人と唯一交信できる場所、心の拠り所、聖なる場所。
サツキに選ばれ愛し愛された男「健太郎」
あちらへ行ったり、こちらに戻ったりと意識もうろうとする中、他界した弟が見えるらしい。しかしあれだけ愛していた健ちゃんはまだ現れない。32歳の健ちゃんが92歳の奥さんがわかるのだろうか。
健ちゃん♡
そろそろ、そちらの愛人たちを清算させて本妻を受け入れる準備をしておいて下さい。
そして再会した時に彼女を抱きしめてこう言ってあげて下さい。
娘ふたりよく育ててくれたね、よく頑張ったね、もうどこにも行かないよ、と。
あなたの孫より。
(田房美穂)
先日、妹が第一子を出産しました。
いつ産まれるのかそわそわしていましたが、予定より2週間も早く無事に産まれました。
3時間ほどの安産だったようです。
日頃、死と向き合う仕事をしているので、身近に命の誕生を感じて感慨深かったです。
早く会えるのを楽しみにしています。
(岡野沙耶花)
先日、敬老の日のお祝いとして、ささやかですが手巻き寿司をみんなで楽しみました。
ご自分で作るのが大変かな?と懸念していたのですが、スタッフのお手伝いもあって皆さん食べる食べる(笑)
この時ふと思いつき、うちにあった和食器を使わせて頂きました。その昔は、冠婚葬祭で活躍したのですが、家で宴会をしなくなった今、押入れの奥に追いやられていた食器たちです。
ちょっと古くさい、と思っていたそれらお皿が、再び食卓にのぼり人の手に触れると、愛らしくさえ見えてくるから不思議です。
年月を経てまた輝ける、なんだか素敵だなと思いました。
(原田美保)
皆さんは自分の名前が好きですか?
皆さんは自分の名前の由来を知っていますか?
私の名前は「あさ子」と言います。朝に生まれたので、父がつけてくれた名前です。昼に生まれたら「ひる子」夜に生まれたら「よる子」「ばん子」になっていたのかなぁ?と今でも考える事があります。
最近のことですが、キラキラネームの男性が大人になり、営業職の仕事をしていて、名刺を出す度に惨めな気持ちになる、というのを記事で見ました。名前を見たお客さんのリアクションに傷つくそうです。だから最初から自分の名前を卑下して相手に伝えるそうです。
また、昔は子沢山だったので、女の子がたくさん生まれると、「すてこ」「とめこ」と名付けられていました。
以前聞いた話ですが、出産後、ご夫婦で赤ちゃんの名前を考えて、ご主人が出生届を出しに役所に行きました。届を出す前に、場内アナウンスで流れてきたあることを考えていて、当初出すはずの名前と違う名前で届出してしまいました。帰宅して、奥さんにすごく怒られたそうです。
一度役所に届出した名前は、変える事は出来ません。一生同じ名前です。亡くなっても、呼ばれる名前です。ごく一部名前を変えれる人はいるみたいですが、普通の人は無理です。
ご両親や名付け親さんが一生懸命考えてつけてくれた名前です。自分への最初のプレゼントです。自分の名前が好きな人、嫌いな人、色々あるでしょう。名前の由来を知って、好きになる人。どうも好きになれない人。
私も正直な所、自分の名前が好きでも嫌いでもありません。だけど、一生付き合っていく覚悟はあります。
皆さんはどうですか?
(松浦あさ子)
夜勤の仕事は一人のスタッフと一匹のネコ。僕の準夜勤の勤務は午後4時からはじまります。ネコの準夜勤は気まぐれで午後4から午後6時『ごろ』に出勤。羨ましい。
床の掃除を忘れないように気をつけているとネコは椅子の上で寝ている。羨ましい。
深夜勤は0時からはじまります。もちろん『ごろ』。
出勤すると、暗闇から現れるネコ。寝てたんだろうな。
排泄の介助が終わると、利用者さんの様子をノートに記入する。ちょうど、そこにネコが寝ている。記入しようとしてもネコが来る。
どかしてもどかしても...来る。
どいてくれ。たのむ。
まあ、かわいいからいいかな〜。
(北舛壮司)
去年の10月。笑いヨガリーダーになってから1年もたっていませんが、なんだか板についてきた気がしている自分がいます。
ふくふく内ではほぼ定着したように思います。
ふくふくのご利用者さんの中には僕を見るだけで笑いヨガの手拍子をしてくれる方もちらほらいますし、ほっほ、はははと掛け声をかけてくれる方もいます。
そして、スタッフにも浸透したように思います。スローガンに笑いヨガの掛け声が組み込まれるほどですから(笑)
今月から毎週月曜日潮騒でも行っていくことになりました。
こちらでもご利用者さんのみならずスタッフの皆さんの和やかな?癒しの?そんな時間になればなと思います。
また、ありがたいことに5月のふくわくカイゴ教室にて、つい先日は因島病院におじゃまして笑いヨガをたっぷり1時間やってきました。僕は汗っかきなので滝のような大汗、へとへとにへばってしまいましたが参加された皆さんとてもいきいきといい笑顔をされていたのでやってよかったかなと思いました。
自分の領域が少しずつ広がることに嬉しさと緊張感が入り混じってまさにわくわくしています。
(西原大志)
先日、弓削小学校で「ふれあいコンサート」にご利用者さんと一緒に参加し、楽しんできました!
谷口先生のコンサートは、ギターを持って自分の体験談をお話しながら、その合間に歌を歌う。小学生の生徒さんたちと「いいリアクションだね」と言いながら、1人で対応していく。難しいことだと思いますが、自然としている姿がスゴイな・・・と感じました。いつしか、仕事であることも忘れて引き込まれていました。歌も上手で、さすがにいい声でした。
1つ1つの歌、その歌詞にも気持ちが込められていて、こんな意味があったんだ・・・と初めてしることも多くありました。故郷の思い出の歌、弓削小学校、弓削中学校の校歌、ひまわりの約束・・・中には1人の少女の亡くなったエピーソードを交えながら・・・どんなことがあっても、自分に負けず、命の尊さを教えていただきました。
お母さんに言ってはいけないこと「お前なんか死んでしまえ」、自分のせいで母親が死んだと思い後悔し続けている、でも、まだ間に合う、生きている間に親孝行をしましょうと訴えられた姿が強く印象に残りました。
どんなことがあっても命を大切に!
自分を大切に生きてください!
たくさんのメッセージをもらいました。ご利用者さんの心にも残っていると思います。
(岡野芳己)
大阪京セラドームで "3000人の吹奏楽"という イベントがあり 鑑賞してきました(*^_^*)
一糸乱れぬ マーチング、共に盛り上げる チアリーディング。
ドーム内に響きわたる トランペットや ドラム、シンバル等の 音 音 音。
わたしの胸も それに合わせて ドン♪ドドドン"と鼓動を打ち、とても感動的な時間でした。
楽器の音って とても素敵ですね(*^_^*)
ふくふくの会でも 懐かしい歌を歌い、時に ご利用者さんも楽器を手にしたりします。
日々、素敵な音に 癒されています。
(寺沢知枝)
トミィさんをお迎えに行くと、しばし庭で待ち時間があります...。
使いやすいように道具類が庭に並べてあります。
今はあきらかに使われている形跡がない手作りの洗濯干し場...亡くなった奥さんがここで干していたんだろうな〜。
ふと見上げると子ども達と夕涼みしたんだろう手作り感満載の夕涼み台...
今は朽ちてとても危なくなっているけど、
確実に手間ひまかけて生活を楽しんできた「その時」を感じることができます。
眼を閉じると、この小さな森の中の家から「その時」の家族の語らいがうかがえるようで、私はいつも圧倒されてしまうのです。
なんやかんや忘れることが増えていってもトミィさんが心豊かに
1日でも長く家での暮らしを続けれたらいいなぁ。
(村上香)
小学校、中学校は広島県の因島。高校は上島町の弓削高等学校に通いました。
それぞれの学校で友達や先生との出会いがあり、ほろ苦くも楽しい思い出も多くできました。今は、それぞれの道に進んだ友達も元気にしているのかと、たまに思うことがあります。
私の宝物の卒業アルバム。
仲良くしていた友達やお世話になった先生方が変わらない姿でそこにいて、いつも私に力をくれます。
よし、またガンバロウって思えるんです。
(池本愛弓)